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名古屋高等裁判所 昭和43年(ネ)674号 判決 1978年2月23日

控訴人 岡田春三

控訴人補助参加人 大宏エステート株式会社

右代表者代表取締役 木田敏男

右両名訴訟代理人弁護士 林武雄

右補助参加人訴訟代理人弁護士 水谷博昭

被控訴人 武田実

右訴訟代理人弁護士 山路正雄

同 鶴見恒夫

同 下村登

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とし、補助参加の費用は補助参加人の負担とする。

事実

控訴代理人は、当審において訴を一部取下げ、「原判決を取り消す。被控訴人は控訴人に対し原判決添付別紙第二目録記載の土地(以下本件土地という)より原判決添付別紙第四目録記載の建物(以下本件建物という)を収去して本件土地を明渡せ。被控訴人は控訴人に対し昭和四二年五月三一日以降本件土地の明渡し完了に至るまで一ヶ月金四三万六、六〇〇円の割合による金員を支払え。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決及び仮執行の宣言を求め、被控訴代理人は控訴棄却の判決を求めた。

当事者双方・控訴人補助参加人らの事実上及び法律上の主張と証拠関係は、左記の付加、訂正をするほか原判決事実摘示(本訴請求に関する部分)の記載と同一であるから、ここにこれを引用する。

(控訴人及び控訴人補助参加人)

一、控訴人は被控訴人に対し本件土地の賃貸借契約を賃料不払を原因として昭和四二年五月三〇日解除し、更に被控訴人の不信行為を原因として本訴状(同年六月一七日送達)により解除し、以上の契約解除に基づく原状回復義務を主張しているものであるところ、控訴人が本件土地を譲渡したのは右契約解除の成立した後である。すなわち、昭和四二年一〇月一八日売買により参加人大宏エステート株式会社に譲渡し、名古屋法務局同月二〇日受付第四五三二八号をもって所有権移転登記を経由したものである。

従って、解除によってすでに発生した控訴人の賃貸借終了時の地位が本件土地の譲渡によって当然に又は原則として或いは原判決のいうように留保なき限り土地譲受人に移転することはありえない。土地譲受人は単に所有権及びこれに基づき当然発生する物権的請求権を取得するにすぎないのである。

二、被控訴人主張二、の事実中係争月分の地代を除き、その後の地代を弁済供託している事実は認める。

(被控訴人)

一、建物収去土地明渡請求訴訟において、当該土地を第三者に譲渡した場合、特段の事由ないし留保がない限り、当該土地に関して主張する当事者の権利は、土地所有権の権能に包含されているものであり、所有権の譲渡に伴い移転すると解するのが相当である。民訴法七三条の訴訟物の譲渡は、その権利関係が帰属せしめられる物件の譲渡がされた場合には通常当然に訴訟上の請求として相手方に対して主張される権利関係そのものも移転するものと解されているのである。本件において控訴人と参加人との間において特段のとりきめとか留保がなされたとする事実は存しないし、それを認めるに足る証拠も見当らない。

控訴人らの主張する「契約解除により生じた地位」とはまさに「土地所有者としての完全な地位」そのものにほかならない。

二、本件土地の地代の支払いについては、今日に至るまで遅滞なく弁済供託しており、被控訴人には債務不履行の事実はない。かつて若干遅滞したこともあったが、信頼関係を破る程度のものではないから、控訴人の契約解除は無効である。

(訂正)《省略》

(証拠関係)《省略》

理由

一、本件土地は、従前より控訴人が被控訴人に対し建物所有の目的をもって賃貸してきたものであり、被控訴人は本件土地上に本件建物(登記ずみ)を所有してきたものであるところ、控訴人は本訴提起後の昭和四二年一〇月一八日本件土地を補助参加人大宏エステート株式会社に売り渡し、同年同月二〇日その所有権移転登記を経由したことは当事者間に争いがない。

二、ところで被控訴人は、控訴人は本件土地を訴訟中に第三者に譲渡しているから、本訴請求をする権利を有しない旨主張するので按ずるに、賃貸人が賃貸借の目的物の所有権を第三者に譲渡した場合には、特段の事情のないかぎり、賃貸人の地位もこれに伴って第三者に移転し、旧所有者即ち旧賃貸人はその賃貸借関係より脱退するものと解すべきであるが、しかし、控訴人の本訴建物収去土地明渡の請求は、賃借人の被控訴人が昭和四二年一月分から同年四月分までの本件土地の地代五三万八、二八〇円を支払わないので、控訴人から被控訴人に対し同年五月二〇日到達した内容証明郵便で右延滞地代を同年五月二五日までに支払うよう催告したにもかかわらず、結局同年一月分の地代は支払われなかったとして、控訴人が同年五月三〇日被控訴人に到達した内容証明郵便をもってなした契約解除の意思表示により、あるいは被控訴人には控訴人を欺罔して借地人名義を変更せしめるという著しい背信行為があったとして、控訴人が本訴の訴状をもってなした契約解除の意思表示により、いずれにしても本件土地の賃貸借はその目的物の所有権が第三者に譲渡移転される以前に解除され、控訴人対被控訴人間の債権債務として既に発生したという目的物返還請求権(原状回復義務)に基づくものであるから、その後(同年一〇月二〇日)において控訴人が係争物件たる本件土地の所有権を第三者に譲渡移転したからといって、これに随伴して右の目的物返還請求権(原状回復義務の履行請求)も第三者に移転する理由は全くなく、本件土地が第三者に譲渡されたことは右の権利行使を妨げる理由にはならない。

もっとも控訴人の本訴請求のうち昭和四二年五月三一日から本件土地明渡しずみに至るまで一か月四三万六、六〇〇円の割合の金員支払請求は、本件土地の賃貸借が解除された日の翌日から明渡しずみに至るまで、被控訴人の不法行為(不法占拠)により、控訴人は本件土地の使用収益をさまたげられ、賃料相当額の損害を蒙るとしてその損害賠償を請求するものであるところ、控訴人の本件土地を使用収益する権利については所有権に基づくとする以外に何らの主張も立証もないのであるから、控訴人において本件土地の所有権を補助参加人に譲渡した日以降の右請求部分はすでに理由のないものであることが明らかであるからこれを棄却する。

よって以下に建物収去土地明渡の請求及びその余の金員支払請求について審究する。

三、地代不払による解除について

1、控訴人から被控訴人に対し、本件土地の昭和四三年一月分より同年四月分までの延滞地代五三万八、二八〇円を同年五月二五日までに支払うよう催告する内容証明郵便が同年五月二〇日被控訴人に到達したこと、被控訴人は催告の期限までに同年二月、三月、四月分の地代を供託したこと、控訴人から被控訴人に対し、同年一月分の地代不払を理由として本件土地の賃貸借契約を解除する旨の内容証明郵便が同年五月三〇日被控訴人に到達したこと、以上の事実は当事者間に争いがなく、右一月分の地代を催告期限内に支払も供託もしなかったことは被控訴人において明らかに争わないところ、《証拠省略》によれば右一月分の地代は同年六月三日追加供託されたことが認められる。そしてその後は今日に至るまで本件土地の地代はすべて弁済供託されていることも当事者間に争いがない。

2、《証拠省略》を総合すると次の事実が認められる。《証拠判断省略》

(一)  本件賃貸借の地代は、当初の約定では毎月末日にその月分を持参又は送金して支払うこととされていたが、実際には始めから既に二〇年間に亘り控訴人方の集金人が出向いて取立てていたこと、そしてひとり被控訴人の都合ばかりでなく集金人の都合もあって、その支払の模様は一か月くらい遅れて支払われたこともあれば、時には三、四か月遅れて支払われたこともあり、また数か月分が一括されて中間時点で支払われたこともあって、従前からまちまちであった。

(二)  殊に昭和四一年以降においては、本件土地と同様に、被控訴人が控訴人より賃借している宅地、名古屋市中区栄三丁目六二二番五四六・八〇平方メートルについて、控訴人と被控訴人は金融のためこれを代金三億三、〇〇〇万円程で売却し、控訴人、被控訴人及び同地上の被控訴人所有建物に入居している者(約二〇名)の三者で約一億円宛分配する旨の話合いをして、双方共に右の土地売込みに奔走していた関係上、控訴人も被控訴人も本件土地の地代のごときは月々支払わなくても右の売却土地の代金配分の際一括清算すればそれでもよいとして相互に諒解していた。

(三)  しかし、右の共同で栄三丁目の土地を売却する話は必ずしもうまく進捗せず、控訴人は、昭和四二年二月、四月の二回に亘り、不動産業箕浦信明の仲介で独自に白川不動産株式会社より五、〇〇〇万円融資を受け、被控訴人と共同で売却する筈の栄三丁目の土地に白川不動産を権利者とする抵当権設定及び停止条件付所有権移転仮登記の各登記をつけてしまったので、同年四月七日、控訴人は箕浦をして被控訴人に栄三丁目の土地を共同で売却する件は打切る旨を通告し、一転して控訴人に対し右の土地だけでなく本件土地までも明渡しを求めるようになり、被控訴人からの地代は受領を拒否するよう集金人の林茂夫に指示しながら被控訴人に対しては延滞地代の即時支払を要求するようになった。

(四)  昭和四二年五月現在、被控訴人は本件土地の地代四か月分と栄三丁目の土地の地代二か月分を延滞していた。そこで同月一八日頃両借地の地代一か月分三五万余円を妻浩子に託して控訴人方の集金人林宅に持参し提供したが後刻返戻された。翌一九日頃被控訴人自身が他から借金して延滞地代額九七万一、〇九二円には若干足りない八五万円を控訴人方に持参したが、控訴人方の使用人から箕浦の所へ持参するよう指示されたので、わざわざ同人方まで持参提供したところ、同人から延滞地代全額でなければ受領できないとの理由で受領を拒否されたため、被控訴人は地代の供託をするに至った。

3、ところで賃貸人にとっては、賃料(地代)を収受することが賃貸借契約をした最大の目的であるから、賃料が不払になるということは賃貸人にとって重大なこともちろんである。しかし、解除原因となるか否かを判断するに当っては賃料不払の事実の他に、契約当事者間の信頼関係を破壊するような特段の事情があったかどうかを併せて考慮することを必要とし、もし賃貸借の基礎たる契約当事者相互の信頼関係を破壊するような事情がなければ賃貸借解除の原因にはならないと解すべきである。本件の場合、右に認定説示した地代延滞の程度、その延滞に至った事情、及び従前からの地代支払の状況等諸般の事情を考慮すれば、先に認定説示したごとき地代の不払があったからといって、未だ本件賃貸借の基礎たる当事者間の信頼関係を破壊するものとはいいがたく、これを理由としてなした本件賃貸借解除の意思表示はその効力を生じない。

四、不信行為を原因とする解除について

1、昭和四二年六月一七日被控訴人に送達された本訴の訴状により、控訴人が本件土地の賃貸借解除の意思表示をしたことは記録上明らかである。

しかし、昭和三九年七月頃、被控訴人が税金の関係上一時仮に本件土地の借受名義人を妻の武田浩子にしてもらいたいと申出て、控訴人をしてこれを承認せしめたことが(この事実は被控訴人も明らかに争わない)、控訴人主張のごとく同人に対する欺瞞行為であると認めるに足る的確な証拠は存しない。

2、なお、本件賃貸借の目的物件ではないが、被控訴人が控訴人より賃借している前示栄三丁目六二二番の宅地について、被控訴人は、その借受名義人を一時仮に丸武木材工業株式会社とし、また崔永五との間に土地・建物及び借地権の譲渡契約書を取り交してその借地権譲渡の契約をしたけれども、これらも未だ本件賃貸借の信頼関係を甚しく害するものといいがたいことは、原判決理由説示のとおりであるから(原判決一七枚目表一行目から末行目まで)、これを引用する。

従って、本訴の訴状による本件賃貸借解除の意思表示もまたその効力を生ずるに由ない。

五、そうすると本件土地の賃貸借が解除されたことを前提とする控訴人の前示各請求もその余の点につき判断するまでもなく、理由のないものとして棄却すべきである。

よって右と同旨の原判決は相当で本件控訴は失当であるからこれを棄却することとし、控訴費用の負担につき民訴法九五条、八九条、九四条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 丸山武夫 裁判官 杉山忠雄 裁判官林倫正は退官したため署名捺印できない。裁判長裁判官 丸山武夫)

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